いくつもの自分と生きていく

人って、誰もが一貫性がないけど、きっとぜんぶ自分。

幸せの度合い【発達障害育児】

タロ(長男)はASDで、手帳2級持ちですが、現在一人暮らしの練習中です。

だって、私がいつ病気にあるかもしれないし、ひとりで暮らすスキルって、実家にいるとなかなかつかない。

それは、かつての私もそうだった。

 

タロは下宿してから1年は経過した。あいかわらずせんたくものはかごいっぱい残ってはいるけど、最低限の洗濯はしているらしいし、すこしくさいけど(青春の香り?)、風呂は入っているようである。

学校は毎日9時からだから7時半には家を出なければならない。

10月初めから後期の講義は始まって、しばらく起きれなかったけど、ルーティンに落とし込んでしまえば、わりとこなす。

 

10月末くらいからやっと早寝して早起きをするルーティンがはいってきて、今日も朝6時すぎに「起きてるからね(起こしに来て自分のプライベート空間を荒らすなという意味)」とのモーニングコール。

 

これがあると、1時間半くらいの空き時間ができる。

こんなモーニングコールひとつで私はぜいたくな時間がもてたりする。

 

幸せってさ、同じ事象を幸せと感じるか、他の人に比べて~と感じるかで全然度合いが違うよね。

できれば、バーさんになるまで、幸せを感じて、笑って生きていきたい。

 

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ASDとひとり暮らし

練習させるのもなかなか手間であったりします


タロ(長男)はASDで、手帳2級持ちです。

パニックを起こすと結構大変です。

自分の子だから贔屓目にみたくて、普通の子とそんなに変わらないって言いたいけど、手帳をもらえるということは、彼の違いや苦手な部分をうけいれなければならないということやんね。普通を求めるより、彼がいかにこれから生きていきやすく土台を作っていくかを考えています。(手帳のこともおいおい)

 

今、彼は専門学校の4年生です。専門学校で4年制を探すことは大変でしたが、彼の成長を考えると、4年が適当かなと思い、IT系で探しました。

3年時の夏くらいから、スープの冷めない距離で下宿をさせています。

ジロ(次男)がその頃に不登校になってしまったので、話し合いの上下宿をしてもらいました。うつのジロには私とタロの口論がつらいようだったので。

 

つれあいが出て行ってから、児童手当やコロナの給付金の本人名義のものはすべて彼らの通帳にいれてきました。入学祝などもすべて貯金して、「手切れ金(笑)」としてためています。

手切れ金の目的は、母が稼げなくて学校の授業料が払えなくなれば授業料に使うけど、無事使わなくて済んだあかつきには、一人暮らしする際の敷金礼金家賃光熱費などにつかおうね、と話していました。(手切れ金については、別ネタで話しますね)

3年時は、朝かならず起こしに行き、学校に行くまでサポートしてましたが、4年時になり、本人に任せようとしています。

そうしたら、7月に出席が一時期やばくなり7月だけは、少し起こしに行きましたが…。

 

10月に入り、夏休みが終了し、学校に通うルーティンになれるまでの2週間くらいは毎日起こしに行っていましたが、最近はそのルーティンに慣れてきたのか、朝母親に下宿に来られてプライバシーを侵害されたくないのか、毎日起きたときにモーニングコールをしてきます。

こういうところが、ASDのルーティンちゃんだなあ、と思う。

来年就職なので、少しでも生活のためのスキルをつけてもらえればと思っています。

 

オカネはかかるけど(苦笑)経験にはかえられない。

 

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ヤングケアラーとASD

10年前はこんなかんじやったわ(笑)

10年程前から母一人こども二人で生きてきて(離婚はまだだけど)、上の子どもがASDでいろいろ学校でやらかしたりしてきたので、学校の対応やら、通級の送迎(いつもの学校以外だったので)とか、とにかく大人の手が足りなかったから、下の子どもは、私と上の子のやりとりを見ながら、ほぼ放置で幼少期を過ごしていた。

お兄ちゃんのことは大好きだったから、お兄ちゃんと一緒に学校に行き、しょっちゅうお兄ちゃんのクラスに心配でのぞきにもいっていた。

洗濯とかも、手伝ってくれたりした。

学校の行事はきちんと母親としてしっかり行ったし、それほど子どもに家事を任せっきりというわけではなかったけれど、今どきの子どもって手伝いをそれほどしない中、うちの下の子は、ヤングケアラーという部類だったんだと思う。

上の子が中学に入ってからはASDと思春期も相まって本当に大変で、警察も何度も呼ぶなか、下の子は育ってきたし、下の子が中学くらいになってからは、力も強くなったので、上のこと私のやりとりの仲裁にはいったり、上の子の暴力(パニック障害があったので、当時は結構私もけがをした)から守ってくれたりもした。

 

上の子が落ち着いたころに、下の子がうつになったのだけど、小学校の低学年からずっと、こんな生活をさせていたから、当然心に負荷がかかっていたのだと思う。

 

発達障害の本人が一番大変なのはわかっては、いるけれど、家族って大変。

わたしみたいに、つれあいが育児を放棄して(不倫の家出ですが)、母一人で子どもをそだてている家庭、きっといっぱいあると思う。

そこで育つ兄弟姉妹も同じような思いをかかえながら育っているのだと思う。

いいよね、逃げたやつはさ、なんてつれあいに毒もはきたくなる。(会ってもいないので、吐きようがないし、吐いてもめんどくさいだけだから吐かないけど)

 

ゲームと違ってリスタートもできないからさ、このままちぐはぐだけど前向いて生きていくしかないんだよね。

 

昨日、ひさびさに下の子と親子喧嘩をした。

俺だって我慢してきた、うん、わかる。

言わないけど、わたしだって我慢してきたし、申し訳ないけど、私も心の余裕はあんまりなくて、わたしだけが大人になり切ってすべてを我慢して生きていくと、きっと壊れてしまう。

壊れない程度にじらしながら、一緒に喧嘩もしながら、家族3人で、とりあえず今日を生きて、数年後あのときは大変だったね~って言える日を夢見ながら、日々を過ごしたい。

 

少なくとも、今の方が10年くらい前よりだいぶ、いい感じだと思うよ。

 

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月に一度のつきそい

病院の前の風景。海とススキ、秋ですね。

ASDの息子は月に1度、神奈川の病院に通っている。電車で行くと往復5000円くらいする結構遠い場所なので、一緒に行けるときは車で一緒につきそう。

車で片道1時間半くらい。

 

長男が中学2年生の時、ゲーム依存で昼夜逆転して暴力も振るうようになり、警察もよんだ。そのときに児童相談所にもお世話になり、そのときの担当者が紹介してくださった病院で、もう通い始めて10年になる。

 

発達障害ってかたくなで、でも思春期だと親の言うこと聞かないときに、病院の先生と本人が人間関係できていれば、病院の先生のアドバイスには耳を傾けたりする。

病院選びってとても大事だと思う。

10年くらい通っている。はやいもんだなあ。

この先生がいらっしゃらなければ、今の息子はなかったかもしれないと、本当に感謝しています。

 

最近落ち着く系の薬を夜飲まなくて困っていた。

飲まないと、だんだんと、マシンガントークで人の話をきかなくなったり、人にやたら敵意を向けることがおおくなる。実際先週携帯電話投げて壊したし(泣)

先生に薬の件を相談していた。彼は夜の薬を飲まない理由を先生に話していて(私には話さなかったのに)、理由は4錠あって探すのが面倒というものだった。

夜の薬を1包にまとめてくれることになり、本人大満足。

先生と相談し、診察終了次第夜の薬の一部を今すぐとりあえず飲もうという話になり、すぐに飲んでいた。

30分もたつとマシンガントークではなくなっていて、薬がすごいのか本人が落ち着いたからそうなったのか、病院の関わりって大きいなあと思う。

 

今日はとてもいい天気だったので、ドライブ日和だった。

さあ、午後も私は学校。とりあえず、今日も、生きよう。

 

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ASD(アスペルガー)って性格の癖

うちの子はゲームに今でも夢中で、切り替えがなかなか…


うちの上の子どもはASDADHDを持ち合わせている。

パニック障害も持ち合わせているので、手帳2級所持者である。

 

小学校のときは、パニック起こして牛乳瓶を投げて割ったり、水筒を3階の教室から落としたり、友達にけがをさせたこともあった。

中学にはいってから学校になじめずゲーム障害になり、暴力をふるい、何度も警察を呼んだりした。私もかつて頭を怪我して救急車で運ばれ4針縫ったりもした。措置入院も2回ある。

自宅も彼が壁を蹴りすぎて、殴りすぎて、お化け屋敷状態。

一時期は直していたけど、もう、直すのもやめた。

 

二十歳をすぎて、少し落ち着いた彼は、とりあえず人への暴力はおさまったし、ものをこわさないようにできるだけ切り替えようという努力はうかがえる。

0から1を想像することが難しい彼なので、大学ではなく専門学校に通っていて、今最終学年。

できれば、だめもとで自立を促したいと思い、昨年からスープの冷めない距離で下宿をさせている。

 

起こしに行くのも学校に行かせるのも大変なのだけど、下宿して1年経過し、洗濯の仕方を覚えたり、自分なりに起きて学校行こうと努力したり、ご飯も自分でなんとかしている。自炊はめったにしないけど、コンビニは高いからスーパーで冷凍食品をまとめ買いするとか、彼なりに考えていて、この1年でできることがかなり多くなったかな、と思う。

 

まだまだいろいろあると思うので、いろいろそのうち書くとは思うのだけど、発達障害の「自己肯定感」を下げすぎないようにすることって、どうすべきなんだろうと思う。

わたしは彼を育てていくときに気を付けていたのは、外部とのつながりを絶たないこと。でも、それって学校とかフリースクールでもよいけど、外に出すことが必要で、私みたいに親が一人だと、その役目も生活費を稼ぐ役目も同時にしなければならなくて。

明らかに大人の手が足りないよね。

 

でもさ、その努力をし続けないと、家にいて、自己肯定感が高まるのか、私はいまだに疑問符。どこかでさ、社会とかかわらなければならない時期は来てしまうし、親は先に死んでしまうし、その子が生きていく間で自己肯定感をある程度のボーダーでキープするにはどうすればよいのか、と考えると、私は戦ってでも外に出すことを選んだ。

 

それが正しいかは、謎。

ADHDって脳の機能障害の一つらしいけど、性格の癖みたいなものだと考えたほうが家族としては気が楽だったりする。

頑固な性格が少しでも直ってくれれば御の字?とか、思って前進むしかないやんね?

 

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